大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

金沢地方裁判所 昭和59年(ヨ)257号 決定 1984年9月21日

債権者 武元孝松

<ほか一名>

右両名訴訟代理人弁護士 今井覚

債務者 川岸達

債務者 株式会社宮地組

右代表者代表取締役 宮地義盛

右訴訟代理人弁護士 山崎利男

主文

本件申請をいずれも却下する。

申請費用は債権者らの負担とする。

理由

第一申請の趣旨

一  主位的申請の趣旨

1  債務者らは、別紙物件目録(一)記載の土地のうち別紙図面(一)赤斜線表示部分に、同目録(二)記載の建物を建築してはならない。

2  申請費用は債務者らの負担とする。

二  予備的申請の趣旨

1  債務者らは、別紙物件目録(二)記載の建物につき別紙図面(二)赤斜線部分(三階部分)の建築工事をしてはならない。

2  申請費用は債務者らの負担とする。

第二申請の理由

一  当事者

1  債務者川岸達は、別紙物件目録(一)記載土地(以下本件土地という)の所有者であり、その地上に同目録(二)記載建物(以下本件建物という)の建築を計画し、昭和五九年五月、金沢市役所建築主事から建築確認を得た。

2  債務者株式会社宮地組は、債務者川岸と本件建物の建築請負契約を締結した施工業者である。

3  債権者孝松は、本件土地の北側に隣接する別紙物件目録(三)記載土地(以下債権者土地という)の所有者であり、債権者らは、その地上に昭和五九年三月同目録(四)記載建物(以下債権者建物という)を新築所有し、現在五家族が賃借居住している。

二  建築予定地・被害地及び付近の状況

1  本件土地及び債権者土地は、市内幹線道路広小路・有松線より約三〇メートル西側へ入った所に位置し、本件土地の北面に債権者土地が隣接して存在する。

2  本件土地は債権者土地とほぼ等しい高さにある。

3  本件土地及び債権者土地を含む地域は、

(一) 用途地域 近隣商業地域、住居地域

(二) 防火地域 準防火

の指定がなされ、更に金沢市条例により

(三) 日影規制 平均地盤面から四メートルの高さで敷地境界線から水平距離で五メートルをこえた範囲に四時間以上の、一〇メートルをこえた範囲に二・五時間以上の日影を生じさせてはならない。

との規制を受けている。

4  本件土地及び債権者土地以西には、中高層建物が無く、ほとんど木造二階建の建物が建ち並び、閑静な住宅街となっている。また、各建物とも日照はよく確保されている。

三  建築計画の概要

1  債権者らは、債務者川岸の本件建物建築計画を知って以来債務者らに対し、建物配置図等を提出すること、日照について話合いをもって解決するよう要求してきた。しかし、債務者川岸においてこれを拒否したため本件建物の詳細な内容は不明である。

2  そこで、閲覧可能な金沢市役所土木建築課備付の「建築概要書」によれば、本件建物は次のとおりである。

(一) 主要用途 学習塾

(二) 計画建物

(1) 高さ 九・九五メートル

(2) 地上三階 鉄筋コンクリート

(3) 敷地面積 五二二・〇〇平方メートル

(4) 建築面積 一九三・八七平方メートル

(5) 延べ面積 五五五・〇五平方メートル

(6) 配置 本件建物は別紙図面(一)の青色で囲まれた部分に建築され、本件建物と債権者土地境界線との間隔は一・五メートルである。

なお、右概要書には塔屋部分の高さが含まれていない。しかし、債務者らは、本件建物屋上北西角に地上からの高さ約一三メートルの塔屋を設置する予定であるという。

四  日照阻害

1  債権者建物は三階建の共同住宅であり、別紙図面(三)のとおり各階は二家族居住しうるように仕切られ、間取りはいずれも南面に大きく開口部を設けてある。

2  債権者建物は、本件土地との境界線より四・三ないし六・二メートル隔てて建てられている。

これは、(イ)債権者らが昭和五八年一〇月、債権者建物の新築に着手した時、本件土地上には木造瓦葺二階建の建物が右境界線より少なくとも五メートル以上隔てて建てられており、その間は庭園となっていたため、日照の問題を考える必要がなかったこと、(ロ)本件土地に一〇メートルを超える建物を建築するには建築基準法五六条の二、金沢市条例により所定の日影規制を受けること等のため、右境界線より前記記載の距離を置いて建築すれば、仮に本件土地に三階建の建物が建築されても、債権者建物に十分な日照の確保が可能であることを計算して設計・建築されたことによる。また、債権者ら自身特にその北面に所在する建物に日影が及ばないよう努力工夫している。

3  しかるに、債務者らは、前記建築計画の概要のとおり建築工事を開始している。本件建物が予定どおり完成することにより債権者らが蒙る日照阻害の程度は、地盤面からの高さ四メートル(即ち二階部分)において、冬至における真太陽時の午前八時から午後四時までの日照についてみると、別紙図面(三)の洋間①は一五時三〇分から一六時までの三〇分間、洋間②は八時から九時までの一時間、洋間③は八時から一〇時までの二時間、洋間④は八時から一一時までの三時間にかけて日照を得られるにすぎない。

また、三階部分においても四時間以上の日影が生ずる部屋があり、一階部分については終日日影となってしまう。

4  春・秋分時での本件建物による日影は、地盤面から四メートルの高さ(二階部分)において、債権者建物に四時間以上日影を生ずる部分は生じない。しかし、洋間①は一二時より一四時三〇分まで、洋間④は一四時三〇分より一六時まで各日照を阻害される。

他方、春・秋分時における地盤面(一階部分)での日影は、洋間①④のいずれも四時間以上の日影を生じてしまい、洋間①は八時三〇分から一四時三〇分までの六時間、洋間②は一二時三〇分から一五時までの二時間三〇分、洋間③は一三時から一五時までの二時間、洋間④は一一時から一六時までの七時間各日照を阻害されることになる。

以上のとおり債権者建物の一階部分は、本件建物により秋分から春分の間ほとんど日照を受けられない状態となってしまい、住居としての使用価値は無くなってしまう。

5  本件建物を仮に二階建(パラペット天端六・五メートル、塔屋まで九・八五メートル)とした場合の冬至における日影は、地盤面から四メートルの高さ(二階部分)において、洋間①は一五時三〇分から一六時までの三〇分間日照を得られるにすぎない。

なお、洋間②は八時から一三時までの五時間、洋間③は八時から一四時までの六時間、洋間④は八時から一四時三〇分までの六時間三〇分の各日照が得られる。

しかし、冬至における地盤面(一階部分)での日影は洋間①②③④いずれも四時間以上の日影を生じ、洋間①は一五時三〇分から一六時までの三〇分間、洋間②は八時から八時三〇分まで、一五時三〇分から一六時までの各三〇分、合計一時間、洋間③は八時から九時三〇分までの一時間三〇分、洋間④は八時から一〇時三〇分までの二時間三〇分各日照を得られるにすぎない。

なお、春・秋分時における地盤面(一階部分)における日影は、洋間①は一二時から一四時まで、洋間④は一四時から一六時までの各二時間日照を阻害されることになる。

以上のとおり、本件建物を二階建に設計変更しても債権者建物一階部分に相当時間の日照阻害を生じさせ、本件の抜本的解決にはならない。

6  しかも、債権者土地・建物の南東側即ち本件土地の東側に現在二階建の建物が存在し、この建物によっても債権者建物は日影を生じている。右建物による冬至の日照阻害程度は、洋間①②③は八時から九時までの約一時間、洋間④は八時から一〇時までの約二時間に及ぶ。

本件建物の日照阻害と右建物の日照阻害を複合すれば、冬至において債権者建物が日照を得られる時間は、洋間①は一五時三〇分から一六時までの三〇分間と変らないが、洋間②はほぼ零、洋間③は九時から一〇時までの一時間、洋間④は一〇時から一一時までの一時間となる。

以上のとおり、本件建物により債権者建物は冬至においてほんのわずか日照を得られるにすぎず、その被害は極めて大きい。

7  以上はいずれも建築概要書に基づき本件建物の高さを九・九五メートルとして計算したものである。債務者らが本件建物屋上北西角に地盤面より高さ一三メートルの塔屋を設置するならば、債権者らの日照阻害は更に大きくなる。

しかも、建築概要書に基づき本件建物と債権者土地境界線との間隔を一・五メートルとして計算したが、これは本件建物の壁芯までの距離を指しており、本件建物の外壁線からはわずかに約一メートルしか離されていない。また、本件土地の東西面における敷地境界と本件建物の外壁線までは約五〇センチメートルしか離されていないことになり、現実には日照阻害の程度はより大なるものである。

五  債務者らの建築の違法性

1  本件建物は、塔屋を含まなければ建築基準法の日影規制を受けることはなく確認がなされうる。

しかし、右規制は一応の社会的基準として画一的処理のために設けられたものであり、規制の対象外建物であることの一事をもってその建物から生ずる日照被害の被害者において当然受忍すべきものと即断することは許されず、受忍限度内か否かは個々具体的な被害の状況等を勘案して判断すべきものである。

2  債務者川岸が本件建物を三階建としたにかかわらず高さを九・九五メートルとしたのは明らかに建築基準法の日影規制を免れるためであり、いわば脱法的行為である。

債権者らにおいては本件建物が一〇メートルをわずかに超えた場合と九・九五メートルとではその日照阻害に全く相違が無く、地域状況及び債権者らの日照阻害防止措置等に照らせば、その受忍すべき限度をはるかに超えるものである。

六  債務者らの背信性

本件建物は地盤面より九・九五メートル、塔屋までの高さ約一三メートルであり、わずか五センチメートル低いというだけで日影規制をうけることなく建築確認を得ている。

ところで、「地盤面」とは、建築基準法施行令二条二項によれば「建築物が周囲の地面と接する位置の平均の高さにおける水平面」と定義される。即ち建築設計段階での高さはあくまでも予想であり、現実に建物が建築され土地が整地された時に実際の高さが算出されるものであり、整地の仕方により高さに多少のずれが生ずるものである。

本件建物はわずか五センチの差により日影規制を免れたものであるが、五センチの高さは地盛りの程度により容易に変更しうるものである。

債務者らは右事実を十分に知り、または知りえたが、建築主事には基準に合っているかどうかを機械的にチェックするだけで裁量権が無いことを利用し、日影規制基準すれすれの高さ九・九五メートルとして確認申請したものであることが容易に推測される。

従って、債務者らの背信性大なるものがある。

七  債務者川岸の利用目的等

債務者川岸は本件建物を学習塾として利用する目的であり、病院、学校等の公的施設として建築するものではない。あくまでも私的経済的利益追求のために建築するものである。また、本件建物敷地南面に相当広範囲な空地が存在し、本件建物を移動して建築することは十分可能である。

なお、債権者らは地鎮祭直後から債務者らに対し工事の一時中止と話合いを申し入れてきたにもかかわらず基礎部分の工事を進捗させて来たものであり、仮に敷地移動につき相当額の出費を要しても、その原因は債務者ら自ら招いたものと言わなければならない。

八  差止の範囲

1  債務者川岸は、本件建物建築のためには十分な広さの敷地を有している。債権者らの建築基準法による日影が保護されるためには債権者土地との境界線より五・三メートル離して本件建物を建築すればよく、債務者らが右を履行することは極めて容易である。

2  債務者らは、現在本件建物一階部分のコンクリート打設を終え、二階部分の柱・梁及び壁の鉄筋組立作業中である。

九  保全の必要性

建築工事の性質上、差止対象部分が実施されてしまうと、本案訴訟はほとんど無意味になってしまうこと明らかである。

一〇  結び

よって、債権者らは物権的請求権に基づき債務者らに対し、申請の趣旨のとおり、主位的に本件建物の建築工事禁止、予備的に三階部分の建築工事禁止を命ずる裁判を求める。

第三当裁判所の判断

一  本件疎明資料と審尋の全趣旨によれば、次の事実が一応認められる。

1  債務者川岸は、昭和五八年三月本件土地及び同地上に存した木造瓦葺二階建の建物を取得したが、右建物を取り壊したうえ、同地上に本件建物を建築することを計画し、昭和五九年五月二四日建築確認を得た。

債務者宮地組は、同川岸と本件建物の建築請負契約を締結した施工業者である。

債権者孝松は、本件土地の北側に隣接する債権者土地を昭和三九年一一月に取得して以来これを所有するものであり、同地上に存した木造瓦葺二階建の建物を他に賃貸していたが、債権者らにおいて右建物を取り壊しのうえ昭和五九年三月同地上に債権者建物を新築し、債権者孝松の持分三分の一、同伊三雄の持分三分の二にてこれを共有している。債権者らは従前から七尾市内に居住しており、債権者建物は六戸建の賃貸マンションとして建築したものであって、これには現在六家族(うち一家族は本件仮処分申請後に賃借して入居したもの)が賃借居住している。

2  本件土地及び債権者土地は、国道一五七号線の広小路・有松間のやや有松寄りの地点から約三〇メートル西へ入った位置にあり、同付近は、都市計画上、右国道に沿って両側二〇メートル幅の範囲内が近隣商業地域(容積率一〇分の三〇)に、その後方がいずれも住居地域(容積率一〇分の二〇)に各指定されており、両土地とも右二つの指定地域に跨っている。そこから金沢市内の二大繁華街の一つである片町、香林坊までは二キロメートル足らずであり、二、三年前にはこれと反対方向の有松から高尾方面に四車線の道路が新設されたこともあって、右近隣商業地域に指定された区域(後述するように日影規制の対象外である。)には二、三階の建物のほか最近では五ないし七階の建物も建築されてきている(本件土地と右国道を隔てた向い側には七階建のビルが存在する。)。これに対し、本件土地より西側の住居地域に指定された区域には主として木造二階建の建物が建ち並び、三階建の建物は僅かに散見されるにすぎない。しかし、右国道に面した近隣商業地域の区域やその付近は近い将来より中高層化される可能性が高く、現在建設中のものもあり、本件土地や債権者土地の東側または東南側の国道に面した土地には現在木造二階建の建物が建っているにすぎないが、これが高層化された場合、これが日影規制の対象外である近隣商業地域に属するため、これによって本件建物、債権者建物とも日照阻害が生じる可能性は極めて高い。

3  本件建物は、その計画によれば、三階建、高さ九・九五メートルの鉄筋コンクリート造で、建ぺい率は三七パーセント、容積率は一〇六・三パーセントであり、現在別紙図面(一)の青斜線で表示された位置に建築中であって、北側に位置する債権者土地との境界線から建物外壁まで一・三五ないし一・四メートル離れている。本件建物の屋上北西角に地上からの高さ約一三メートルの塔屋を設置する計画であるが、これは屋上面積の八分の一に満たないため、建築基準法上建築物の高さに算入されていない。

金沢市建築基準条例によれば、建築基準法五六条の二第一項の規定により日影による中高層の建築物の高さを制限する区域として指定する区域は、住居地域については生じさせてはならない日影時間として同法別表第三(に)欄の(一)が、近隣商業地域と定められた区域のうち、延べ面積の敷地面積に対する割合が一〇分の三〇と定められた区域以外の区域については、同(二)が指定されており、近隣商業地域のうち右割合が一〇分の三〇と定められた区域については、日影規制の対象から外されている。

本件土地は、住居地域と容積率が一〇分の三〇と定められた近隣商業地域とに跨るものであるため、高さが一〇メートルを超える建築物については、平均地盤面から四メートルの高さで敷地境界線から水平距離で五メートルを超えた範囲に四時間以上の、一〇メートルを超えた範囲に二・五時間以上の日影を生じさせてはならないとの規制をうけるところ、本件建物は高さが九・九五メートルであるため、右規制の対象外とされ、その他諸法令にも適合するものとして、建築確認をうけたものである。

なお、本件建物、債権者建物とも三階建であるにもかかわらず、本件建物の高さが九・九五メートルであるのに対し、債権者建物の高さは一一メートルとなっているが、最高の軒の高さは前者が九・四五メートル、後者が九・二〇メートルであって実質的には大差ない。

4  債権者建物は、昭和五八年九月三〇日建築確認をうけ、同年一〇月建築工事に着工し、昭和五九年三月完成したものであるが、三階建の共同住宅であって、別紙図面(三)のとおり各階に二家族が居住しうるように仕切られ、その間取りは各階ともほぼ同図面のとおりであり(同図面は二階部分)、いずれも南面に洋間を配置し、大きく開口部を設けてあるが、南面中央の部分が窪んだ形になっていることと、バルコニーの袖壁により、自らの建物で日照が一部遮断されることとなっている。

債権者建物は、本件土地に将来三階建の建物が建築されることを一応想定して、本件土地との境界線から四・三ないし六・二メートル隔てて建てられたものであるが、本件建物の建築工事が開始される以前は、本件土地に木造瓦葺二階建の建物が右境界線より少なくとも五メートル以上隔てて建てられていて、その間は庭園となっていたため、日照状態は良好であった(但し、本件土地の東側即ち債権者土地の南東側に二階建の建物が存在するため、午前一〇時ころまでは一部日照が阻害されていた。)。

なお、債権者建物は、その北側の建物に対する日影の状態についても考慮のうえ、建築されている。

5  本件建物が設計どおり完成すれば、地盤面からの高さ四メートルを基準としてみると、冬至の真太陽時による午前八時から午後四時までの間において、別紙図面(三)の洋間①ないし④はいずれも四時間以上日影となる部分に入ることとなり、これを個別にみると、洋間①の南側開口部では、午前八時から午後三時二〇分ころまで全面に日影が生じ、その後日影が解消するようになり、洋間②の南側開口部では、午前八時四〇分ころから日影が生じるようになり、午前九時二〇分ころから午後四時までは全面に日影が生じ、洋間③の南側開口部では、午前一〇時ころから日影が生じるようになり、午前一〇時二〇分ころから午後四時までは全面に日影が生じ、洋間④の南側開口部では、午前一一時ころから日影を生じるようになり、午後零時ころから午後四時までは全面に日影が生じることとなる。右のほか、前述した本件土地の東側の二階建の建物からも日照阻害を生じ、これによって洋間①ないし③については午前八時から九時ころまで、洋間④については午前八時から一〇時ころまで部分的に日照が阻害されるため、本件建物による日照阻害と複合することとなる。しかし、以上は債権者建物の前記構造による影響もうけているもので、これによる阻害時間はいずれも約三〇分程度と見込まれる。債権者建物の一階部分はこれより日影の程度が高いが、三階部分では四時間以上日影となる部分は殆ど生じない。

春・秋分時においては、同じく地盤面からの高さ四メートルを基準としてみると、四時間以上日影となる部分は全く生じない。

6  債務者川岸は、周辺の居住者らに対し、本件建物の建築について、工事開始の報告と挨拶をした程度で、説明会を開催しないまま、昭和五九年六月二〇日地鎮祭を行なったため、債権者建物の居住者らから本件建物の建築について抗議が出された。その後右居住者らの苦情で本件建物の建築を知った債権者らは、債権者建物の設計士に交渉を依頼し、同人は、本件土地の設計士、債務者川岸の三名で話し合い、その際、債務者川岸に対し建物配置図等を提出すること、交渉中は工事を中止することを申し入れたが、債務者川岸は設計書を少し見せただけで、建築基準法に違反していないことを理由に交渉を拒否した。その後、債権者伊三雄、本件建物居住者ら合計七名は債務者川岸に対して説明会を開催するよう書面で申し入れ、また、債権者らの委任で交渉にあたることになった債権者ら訴訟代理人から債務者川岸に対し内容証明郵便をもって同年七月三日に話合いをするよう申し入れたが、同債務者は、話合いの余地ないし、裁判で決着をつければよいと述べて、右申し入れをすべて拒否し、本件建物の基礎工事に着工した。

7  債務者川岸は学習塾を経営するものであり、当初設計した生徒収容能力二〇〇名の学習塾と自己の住居とを兼ね備える建物の建築は、金融機関からの借入額との関係で不可能となったことから、当初の設計のうち全体の約三分の二を第一期工事として、学習塾のみからなる本件建物の建築をすることとし、残りの約三分の一を第二期工事として教室を増築し、本件建物の三階部分は自己の住居用として改築することに計画を変更したが、右計画による増築部分と本件土地の南側に設ける生徒用の自転車置場等の本件土地における配置関係では、本件建物を南側に移動するには、既に第一期工事に着工した以上計画の大幅な変更を必要とする。

二  以上の事実に基づき本件差止請求について判断する。

本件建物は建築基準法五六条の二、金沢市建築基準条例に定める日影規制の対象外の建物であるが、そのことだけで本件建物によって生ずる日影被害の被害者においてすべてこれを甘受すべきものとすることが許されるものではない。しかし、右に定める規制は、行政の見地から用途地域毎に日照確保の基準を設け、当該地域内の土地利用者とこれによって生ずる日影被害を受ける地域住民との利害を調整し、市街地の発展を図るために制定されたものであり、他面では、用途地域毎にある程度の日影被害を受忍すべきその範囲を定めたものということもできるのであって、当該建物が規制対象外であることは、受忍限度の判断にあたって一つの重要な判断基準となることは否定できない。

本件建物による日照阻害の程度は、日影規制を受けるとすればその規制値を超えているものであり、その他、債務者川岸は事前の交渉において誠意を欠いていると認められること、債権者建物が日影について考慮を払っているのに対し、本件建物は債権者土地との境界線から一・三五ないし一・四メートル離して建築している以外に北側の住居への日影を考慮していないことは既にみたとおりである。

しかし、先に述べたように、本件建物は日影規制の対象外の建物であるうえ、本件土地周辺は将来より中高層化される可能性が高いこと、日照阻害も春・秋分時には殆ど生じていないこと、本件建物は債権者建物と同じ三階建であって、債権者建物が建築されて間もなく建築されようとしているものであること、債権者らは債権者建物に居住するものでなく、これを賃借人に賃貸しているものにすぎず、これに居住する場合とは受忍限度を考慮するについて差異が生ずるのはやむを得ないと考えられることを併せ考えると、債権者ら主張のような日照阻害を考慮しても、債権者らの被る右被害の程度は、本件工事の差止を許容しなければならない程著しく受忍限度を超えていると認めることはできない。

三  以上のとおり、債権者らの本件申請は、いずれもその被保全権利が認められないからこれを却下することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九三条を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判官 森髙重久)

<以下省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例